ヒノジン.006 谷大智さん
移住定住サイト「ひの暮らし」から生まれた企画「ヒノジン」。
ヒノジンでは、滋賀県蒲生郡日野町で活躍する魅力的な人の暮らしや仕事、地域での活動を通して、日野町がどんな町か、そこで暮らす人がどこに町の魅力を感じているのか、
それぞれの目を通した「日野町」をご紹介します。
プロフィール
谷大智(たにだいち)さん。1991年生まれ。日野町出身。
英語塾「バイリンガル養成学院」代表。
ー 日野歴は何年目ですか?
進学・就職で8年間日野を離れていたので、24年目になります。
ー 現在日野で取り組んでいることについて教えてください
「バイリンガル養成学院」という英語塾で代表をさせてもらっています。他にも「谷塾」っていうのもさせてもらってるんですけども、こちらは母親がやっておりまして、そちらでは塾講師として数学と英語を教えています。
それと、お隣の東近江市の保育園で英語を、2歳半から3歳半向けで、保育園に入れなかった子とかこれから保育園に入る子とかの慣らし保育も兼ねて、週に2回、 オールイングリッシュで保育士さんを付けながら教えています。それと、竜王町の方でもプログラミングの講師をしています。
前職で海外で英語を教える機会があったり、東京で英語教育に携わっていく中で、なんて言うんですかね、 都会の英語教育と田舎の英語教育の格差みたいなのを感じて、地元の日野町だけは取り残されないようにしたいっていう思いから日野町に帰ってきました。
ーーー
なるほど。一番強い動機はそれですか?
ーーー
一番強い動機はそれですね。絶対に最終的に日野には帰ってきたいなっていう思いはあったんですけど。教育をいろんなところで見てきて、教育格差っていうのをちょっと感じたので、「日野町大丈夫かな?」っていうので帰って来させてもらって。
外を見ることで、日本の良さとか日野の良さがわかって。で、日野を大切にしてくれる人材とかを育てていけたら嬉しいかなっていうのも思ってます。自分自身も海外で住んだことがあって、 外からまた日野に帰ってきた者なので、その経験を活かして、日野の伝統など大事なものを残しつつ、 日野の活性化に貢献できたらいいなと思ってます。あとは、日野から海外にどんどん羽ばたいていってくれる人材とかを輩出できたらいいなとも思ってます。
ー これから日野でやりたいことを教えてください
英語塾という立場から、日野町民の英語力向上に貢献していきたいっていうのはもちろんあります。日野町に住めば英語力が付くとまで言われるようになったら、最高ですね!
あとはそうですね、プログラミングスクールも開校しようと思ってます。プログラミングとかパソコンスキルもこれから必須となってくる能力のひとつですし、 田舎であっても世界で通用する人材が育成できる教育機関みたいなものが作りたいですね。日野町に貢献したいという気持ちが強いので、町内にプログラミングスクールを開校させていただきたいなと思ってます。
ー 他の地域と比べて日野らしい、日野独特と感じる点を教えてください
私自身もそうですし、周りの友達も、日野町の人たちは日野町に誇りを持っていて、日野町が大好きなところ。ここが日野らしい日野独特というか、私の世代だけかもしれないんですけど、結構日野に残ってる方が多くて、日野町愛が強いというところですね。
あとは、日野祭とか日野ひなまつり紀行っていうのもあるように、伝統と文化を重んじてて大切にしてるところも日野ならではなのかなと思います。
ー 日野のここが好きというところを教えてください
昔ながらの町並みが残されていて、いつ帰ってきても落ち着くっていうところですね。 どこからでも綿向山が綺麗に見えるっていうのもいい部分ですし。
あとは、やっぱり日野は人があったかいっていうところですね。昔から知ってるご近所さんからよく野菜をいただいたりとかもあって、やっぱそういう地域内の繋がりがあってすごくいいところだなと思いますね。
ー 他の地域との違いに驚いたところを教えてください
小さい頃に驚いたことで言えば、鯛そうめんが大好きで日野祭のときによく食べてたんですけど。鯛そうめんが他の地域にはないっていう。これはびっくりしましたね。
あとは、外に出て初めて知ったんですけど。 ピザの配達が、日野には届かないっていう…。学生時代に、ピザが家に届くっていうことにめっちゃテンション上がりましたね。ずっとそこに住んでた人は当たり前だと思うんですけど、「ピザ届くんやっ!」て。ワクワクウキウキして。
ー 町内、地域との関わり方を教えてください
日野祭とか、そういう伝統を残してくださってるというか、曳山をひとつ残すだけでもすごい費用とかもかかってると思いますし、いろんな人の協力があってのことだと思うので、そういう伝統に関わることとか。あとはそうですね、近江商人の心得、三方よしの精神、思想みたいなものを大事にしながら、日野町をどんどん活性化していきたいなと思っています。
ーーー
そう思われるきっかけみたいなのってありましたか?
ーーー
やっぱり日野で生まれ育ってきたので。日野町民みんなそうかもしれないんですけど、なんか、日野愛みたいなのがすごく強くて。
母親の実家が西大路(日野祭の行われる馬見岡綿向神社の近く)なので、ちっちゃい頃から日野祭の日には親戚みんなが集まって、鯛そうめんを食べながら、まさにここの通り(馬見岡綿向神社への参道)とかをずっと見て育ってきたので、そういうのもやっぱりずっと続いてますし、守っていきたいなっていうのもあります。
それと、私が知ってる商人と言えばおじいちゃん。谷食料品店っていうお店を昔やっていたんですけど。おじいちゃんをちっちゃい頃から見ていて、おじいちゃんも近江商人の心得っていうのを大事にしてやっていたので、たぶんその精神が入ってるんだと思いますね。やっぱり自分だけじゃなくて、買い手も世間もみんながいいようにっていう風に思っていて。お店の形は残っていて、そこが今、塾になっています。
ーーー
まだできていないけど、これから地域の方と一緒にこんなことをやりたい!みたいなことはありますか?
ーーー
小さい子だけじゃなくて、リタイアされたご年配の方とかにも、旅行に行った時にちょっと使えるような英語を教えさせてもらうっていうことで、地域の方と関わらせていただくっていうのも考えています。旅行の時にちょっとでも英語を喋れると、ひとつ楽しみが増えると思うので。
ー これから日野に住もうと思っている人にひとこと
日野は田舎なんですけど、なんでも揃ってる町だと思ってます。川で水遊びもできますし、山登りもできますし、夜に上を見上げると綺麗な星空も見えますし、親子で楽しめる「ブルーメの丘」で無料で遊べるっていうのがすごくいいかなと思いますね。
あとはそうですね、やっぱりなんと言っても日野町の人は本当にあったかいです。日野町は、住むところとしては最高の町だと思います!