ヒノジン.007 西村𠮷弘さん
移住定住サイト「ひの暮らし」から生まれた企画「ヒノジン」。
ヒノジンでは、滋賀県蒲生郡日野町で活躍する魅力的な人の暮らしや仕事、地域での活動を通して、日野町がどんな町か、そこで暮らす人がどこに町の魅力を感じているのか、
それぞれの目を通した「日野町」をご紹介します。
プロフィール
西村𠮷弘(にしむらよしひろ)さん。1942年生まれ。日野町出身。
日野まちなみ保全会 会長。一般社団法人近江日野商人島崎の家 代表理事。
ー 日野歴は何年目ですか?
83年目です。
ー 現在日野で取り組んでいることについて教えてください
「日野まちなみ保全会」(以下、保全会)の前身の「日野の町並みと景観を考える会」(以下、考える会)発足時からの会員です。
考える会は、1999年に町の呼びかけで結成されましたが、色んな状況から活動が下火になった時期がありました。
そんななか、アメリカ合衆国出身のモーア・オースティンさんが、近江日野商人のお家の素晴らしさに惚れ込み、そのお家を購入して移住されました。
発足から10年近く経た2008年、モーアさんのリーダーシップのもと、民間主導で活動を盛り上げていこうと保全会として再出発しました。
日野の「まちなみ」が造られたもとは、戦国時代であった1533年、蒲生定秀(がもうさだひで)公が中野城を築いて城下町をつくろうということで町割りをされたことによるものです。
その後、蒲生氏郷(うじさと)公の時代に楽市楽座で栄え、江戸時代には日野椀や製薬などの産業も盛んになって、その後関東方面へ進出した日野商人の本宅も構えられ、町も栄えてきました。
1756年の宝暦の大火の後も町が復興していくなかで、日野商人の財力もあって町が大きく発展し、日野祭の曳山がつくられ、町並みも整えられてきました。
こうして引き継がれてきた「まちなみ」を後世に伝えていくことを目的として、保全会は取り組みを進めています。
ー これから日野でやりたいことを教えてください
「まちなみ」は、単に建造物だけではなく、そこで営まれる暮らしに根ざしたさまざまな生活文化、四季折々の祭りや行事を通じたコミュニティとしての営みなど、全てが包含された歴史・文化の集積であると考えています。
例えば、旧の日野の町を通ると、町内毎にお地蔵さんが祀(まつ)られているとか、愛宕(あたご)さんのお札さんを入れる小さな祠(ほこら)や小さなお宮さんのお社(やしろ)などがたくさんあります。それらも含めた「まちなみ」です。そうした歴史・文化を伝えている景観全体を保存していこうというのが大きな目的です。
ベンガラ格子も、日野祭の渡御を座敷から見るために板塀に設えられた桟敷窓(さじきまど)も、日野の「まちなみ」の大切な要素です。
保全会の会員の皆さんとともに、これらを次世代に伝承していく意義を確かめ合い、具体的な行動に結びつけていきたいと考えています。
最近、保全会の会員さんの層も少しずつ変わってきたので、新しい方々の意見も聞いて、新しいところへ目を向けていけたらと思っています。
ー 他の地域と比べて日野らしい、日野独特と感じる点を教えてください
やはり、人々の気質というのか、自主自立の気性は強いと思います。特に日野の中心地域は、「進取の気概」とともに、官に頼らない気風は伝統的に強いと感じます。それは、日野に住む人のプライドの高さによるのかも知れません。
もうひとつは、小さなグループでの「草の根」の活動が活発だと思います。
「決まったら実行する」といった積極性もあります。
ある方は、「地域を語れる人が多い」とおっしゃっていました。これは、町内会やお祭りなどのコミュニティのなかで、色んな意思疎通をしていくうちに地域のことを学んで、それが身についているから地域を語れるということになると思います。そういう方が多いということは、コミュニティが維持されていることによるものだと思います。
ただ最近、コミュニティ機能が後退している状況も見られますので、四季を通じて地域で維持されてきた数々の行事をできるだけ持続して、コミュニティ機能を低下させないことが大切だと思います。
ー 他の地域との違いに驚いたところを教えてください
外から見ると、日野は「閉鎖的」との印象をお持ちでないかと思うのです。しかし、決してそうではありません。
日野の町というのは、一直線で歴史の道を辿って現代に至っているというよりも、色んなものを包含して複雑に絡み合って今日があるという町です。
そうした町の「深み」というか、それを味わって驚くというか、段々とわかってくる感じですね。これが他の地域との違いであるかと思います。
ー 町内、地域との関わり方を教えてください
現在も可能な限りそれぞれの分野でご活躍の方々と接触することに心掛けています。そうした中で、知らなかったことを知り、新たな発見が生まれます。
最近、私が小学生であった頃の恩師とお会いする機会があり、そのときの会話で「この先生は、さすが百歳まで生きはる人やなぁ」と感じ入ったことがあります。下駒月に西照院(さいしょういん)というお寺がありますが、そのお寺は本堂が西向きに建っていて、太陽が西の山の稜線に沈むとき、光線がちょうど本堂の阿弥陀さんを照らすわけですね。
先生は「私は、それを春と秋のお彼岸のときだと思っていました。ところがそうではなくて、これは冬至の日だったんですね。面白いですなぁ」とおっしゃいました。
私は、新しい発見をしたとき、「あぁ、面白いな」と感じる心が、この先生の長生きの秘訣やなと思いましてね。私も、いつも好奇心を持って、「面白いと感じる心」を大切にしていきたいと思いました。
ー これから日野に住もうと思っている人にひとこと
少し接していただくと「面白い町」と思っていただけるのではないかと思います。
地域に伝わる色んな行事のあれこれにも、もとを辿れば、現代に生きる教訓が含まれているかも知れません。
また、古民家にお住まいになられる方々も、外観をリフォームされるときは、ぜひまちなみの維持に心配りをいただいたうえで、お願いしたいところです。
そして、皆さまには、落ち着いた風格のある町で、充実した日々を過ごしていただきたいと思います。